指示待ちと指導法?

まったく関係ないですがポケモン新作が出ましたね.遠藤の息子殿はポケモン好きなので,さっそくプレイしている.小学二年生だったら余裕なのかなと思って見ていましたが,自分でやってみると大人でも少しは考えないと力押しではどうにもならない場面もあるような.気づけば一発かもしれないのですが.

子どもと会話を続けるには共通項を持ち続けることなので放置せずやろうかと.遠藤はポケモンに触れるの今作が初.今作の世界観は多様性の讃歌という側面もありますかね…? 世の中の流れなのかなと感じつつ生命力のようなものが迫ってきます.適当に作られたようなポケモンにも謎の個性が宿っているのは毎回のことなのかもしれないですが,ジムリーダーとのバトルの演出などは興味深いです.

ただ,ある意味で「ペットを戦わせるが自分は矢面に立たない」という形式.厳しい自然界より食が確保される庇護下で駒となるイメージなのか…そんなこと考える内容ではないですが.

息子殿は以前はゲームなどで完膚なきまでに叩きのめされると癇癪を起こすほうでした.ポケモンではそんな気配はないかもしれない.それとも堪え性が出てきているのでしょうか…勉強でも少しずつ辛抱強さは出ている.

まぁそんな彼は中学受験を希望している.小学二年生でそんなのわからんだろと思っていたら「テスト受けて合格して行きたい」「自分は大きくなってから急に勉強してどうにかなると思えないから早いうちから頑張る」とか言っているのですが…遠藤は小学五年生くらいから「勉強しないと将来仕事がないのでは」と意識し始めた程度だった.さてどうなるか.

なお学校の成績は普通.これも遠藤と類似.競争心が強いわけでもないですが気質の根底は遠藤に似ているかもしれない.となるとパターンさえ確定させれば無言で取り組む?…まずは様子を見ることにします.

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さて指示待ちについて.個人的にこれが昨今の難しさではないかとも…どうしても解離が生じてしまうので.

たとえば「研究テーマ」が固定されるとき「最低限ケアすべき点」はテーマに関係せず共通していると思われます.

反応かけたときTLCをとる,TLCで化合物が分解しているかどうか,分解しているならTLCをトリエチルアミンなどで処理するか,展開溶媒にトリエチルアミンを添加する,そのTLCの展開溶媒を記録する,TLCの結果を書き写す,Rf値を書く,UVを照射したときの様子,呈色試薬で色がつくかどうか,といったことです.

情報は可能な限り大量に記録するべきなのです.

これで実験などにおける感性が磨かれる.それ以上に「必要だと思わないのか,そのデータは?」と個人的には感じてしまうため,自分が研究を進めるためには当然のごとくやらねばならないことがあります.

遠藤が指摘するにも時間差が生じ,その時間差が積み重なっていくと膨大になる.それを学生自身が自発的に気づけば短時間で次へ次へとつながっていくのです.

指示待ちというより「気づきがない」という状況は自分にとって損失なので,学生は常にアンテナはって意識しておいたほうが良いのではないかと.仕事でも同じことが言える.気づけないやつは,気づいたら蹴り落とされているんじゃないでしょうか.

逐一,上から気づかされるというのは求められてないですからね.

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研究の半分程度は回り始めましたかね…論文化を待機しているものをカウントすると,そこそこある.大当て狙いではないけど足がかりにして先に進む種にはなるでしょう.

やりたいことやって大きく開花すれば有り難いですけど,それが目的で研究やってるわけではありません.

こんなこと言うと怒られそうですが.