21. Cyclopropenes for the Stepwise Synthesis of 1,2,4,5-Tetraarylbenzenes via 1,4-Cyclohexadienes

J. Org. Chem. 2022, 87, 14833–14839.

2018年以来の久しぶりの論文です…ここ数年は身の回りがカオスでした.2022年に入り,徐々に調子を取り戻しつつあります.本調子になるのは再来年…2024年くらいでは?

この元ネタは7年前くらいに出てきました.金沢大学から移動する前にシクロプロペンの二量化で何かやろうかという話になっていて,当時の担当学生が金沢大学にて実験するという運びとなりました…が,一人目はM2だったかな?

そこで遠藤は理科大で1年くらい経過してから,シクロプロペンの二量化に関しては条件がおおよそ決まりました.これで得られるものが縮環型トリシクロヘキサンという珍妙な構造の化合物です.なおシクロプロペンを用いる反応において副生成物として得られることがあり,実はシクロプロペンを冷凍庫で放置していても生成することがある.シクロプロペンを用いる反応のためにストックしておこうとしても純度が低下してしまうわけです.ただし再現性はない.

熱的条件でも,今回取り扱っているシクロプロペンは二量化するのではないかと考えましたが… 実際,一部のシクロプロペンが熱的に二量化することは古くから知られています.ただ我々が扱っていたシンプルなシクロプロペンの熱的な二量化は,結論から言うと進行しませんでした…熱的条件ではシクロプロペンが開環してカルベンのようなものが発生している気配があったことまでは確認しましたけど目的物は得られず.

よって再現性のあるシクロプロペンの二量化法として現状のルイス酸,特にトリメチルアルミニウムを用いた反応条件が内定.その後も基本的に条件は変わっていません.ちなみにトリメチルアルミニウムは失活しやすいです.試薬瓶内部でも一度でも使用すると徐々に失活します.特に試薬瓶に開けた穴から水や酸素が入り,潰れたり酸化されます.ですので再現性についてはトリメチルアルミニウムやTHFなどをケアしてください…

最初の担当者は二量化の条件を決めたところで卒業…そう,この卒業とか担当者が変化する過程で混乱が色々と起きています.遠藤の大学間の移動も影響したり,なかなかうまくいかない.

理科大に移動して2年目に継承して実験を進めたものの,実際はしばらく時間が空いています.次の担当者が検討を開始しましたが中途半端なところで進路変更して研究室を去ってしまった.

この縮環型トリシクロヘキサンは,古くから「ゴミ」に近い扱いですね…ほぼ着目されてきていない.縮環型トリシクロヘキサンから何かに変換できるか?というところが問題だったわけです.

ただ,これは絶対に熱的に開環するだろうと予想はできました.なお構造に含まれるシクロブタン環はWoodward-Hoffmann則では熱的に開かず,光照射下で開くことになっている.まぁWoodward-Hoffmann則には穴があり,素直に電子環状反応で開環させる意味もないわけで…無理矢理にラジカル開裂させるっていうことまでは織り込まれていない.シクロブタン環は1200 K程度でラジカル開裂によりエチレンになります…でも1200 Kは実験室レベルでは厳しい.そこでビニル基などが置換しているとアリル位におけるラジカル安定化効果を受けて,だいたい600 K弱くらいまで必要な温度が下がってきます.今回はシクロプロパンが縮環しているから歪んでいるし,たいして加熱しなくても良いのではと予想はしていました.

当初は二量体を溶媒中で溶液にして加熱していた都合,さすがに600 Kは…沸点300 ℃以上となるとイオン性液体とか?…使い勝手が悪いなと.色々と検討しているとき,二量体の融点を測定していたところ,加熱前後で固体の色が変化したとの報告があり,それでNMR測定にて1,4-シクロヘキサジエンに変化していることが明らかに.ほぼ100% conversionです.収率が98%とかになるケースは,水とか溶媒が微量含まれていたからかと.これで1,4-シクロヘキサジエンが得られました.今回,記載している1,4-シクロヘキサジエン誘導体は,意外と合成法がないです.Birch還元で合成も可能なものはありますが,テトラアリール置換体の合成法はないのでは.

この開環反応は小型電気炉で実施しています.電気炉をターゲットの温度まで加熱し,サンプルを入れたるつぼを電気炉に入れて数分から数十分後に回収するだけ.正直,見た目では開環したかどうかわかりません.だから基本的には何度か試して最適温度を模索します.それで反応温度を決定.

この反応での再現性の問題は実験操作にあります.この反応を自分でも実施しようと考える人はほぼいないと思いますが,適当にやると,たぶん失敗するはずです.たとえば,温度むらが生じると駄目ですね…黒焦げになったり無反応だったり.サンプルを入れるときに電気炉内の温度が低下しないよう手早く扉の開閉,これは基本.アナログですが,電気炉内の温度が低下すると急激に加熱が始まるようです.その急加熱により炉内の温度が一時的に急上昇,結果としてサンプルが黒焦げになり終了.もう一つはサンプルを山盛りにしないことです.るつぼ内部に均一に分散させる.少量であれば問題ない作業です.山盛りにすると何が起きるかというと,外側だけ黒焦げになり内部は生焼けでという現象が起きます.そして最後に,単純な話ですが,二量体に不純物が多めに含まれていると黒焦げになります.溶媒などはなるべく除去してから加熱してください.溶媒が高温加熱されてサンプルに影響を及ぼします.

縮環型トリシクロヘキサン誘導体の熱的開環反応の確立が済んだ頃,理科大で実験をして累計5年くらいかかっている.さすがに予想外です.

本論文の最後を締める臭素を用いる1,4-シクロヘキサジエンのoxidative rearrangementですが,これも色々と試した果てに見つかったものです.当初からテトラアリール置換の1,4-シクロヘキサジエンは転位反応するだろうと予想はしていました.ただ条件が今ひとつ見つからず…ああでもないこうでもないと検討してもらっていたら,臭素を作用させたら転位することが明らかになりました.ただ,なぜかわからないのですが,四塩化炭素中でなければ反応がうまく進行しません.ジクロロメタンでは駄目です確か.危うく見過ごしてしまうところ.過去に似た骨格で臭素を用いた反応例がいくつかあり,それだと1度の転位で臭化アリルが生じるか,または4級炭素ではなく3級炭素だったので単に1,4-シクロヘキサジエンから脱水素して転位が進行せずベンゼン骨格に変換されただけ.

今回の4級炭素を有する場合は生成物としては1,2,4,5-テトラアリールベンゼン誘導体が得られ,これなら一般性のある構造だということになり,無事に本テーマにとどめを刺すことに成功しました.なお全部アリール基でなければ反応制御が難しく,アルキル基が置換されているとカルボカチオンの安定性に難点ありのためか複雑な混合物が得られます.

これで最終的にまとまりましたが,データ収集を完遂する前に学生が卒業.さらに引き継いだ学生がデータ収集などを進め,やっと論文投稿に至りました.

今回,我々は,シクロプロペンから,縮環型トリシクロヘキサン,1,4-シクロヘキサジエン,1,2,4,5-テトラアリールベンゼンへの変換工程を示しました.このネタの続きがあるかどうかは…もうあまり時間かからずに済んでくれると有り難いけどなぁ…発掘作業は進めますが,まだ数年は時間かかると思われる.

次の論文候補は4つくらいありますが,いずれもデータ収集の速度の問題.あと修理が多くて予算枯渇気味だ…今後も順調に壊れていくのだろう…来年度に更新するものは決まっているけど,それさえうまく回るかどうか.ここ数年は身の回りが落ち着かず適当にやりすぎたので,論文が定期的に出るように調整して研究を進めていきます.