運
最後は運任せ.
こう言うと,誤解を招くかもしれませんが…
研究者の多くは,それなりの素養で駆け上がってきていることは,だいたい間違いない.
たまに,なぜそこまで評価されているのかわからない人もいますが…
サイコロふって,10回連続で6を出す,というような強運を発揮する.
到達点は,ここかもしれない.
遠藤自身も運が良かったと思うところは多いのです.
今のところ,サイコロふって4回連続で6が出た,というレベルかと.
まだ次のサイコロまで踏み込めていない.
もう少し時間がかかります.
運が関係する局面に出くわすために結局,綱渡りが必要です.
その綱渡りに付き合わされる家族は,けっこうしんどいだろうけど,これもやむを得ないところがある.
サイコロを振る場面に到達しなければならないのです.
人生を,ある仕事に投じるというのは,はっきり言えば当たり前のことで,ここに覚悟が持てないと中途半端にしかならないことが多い.
覚悟を持たずに転職するといったことでも,ある意味で「綱渡り」ではある.
しかしフラフラしているうちに「35歳の壁」がやってくる.
積み立てなければ「35歳の壁」を突破できません.
どんな仕事でも,35歳くらいまで追究を続けると,モノになります.
一国一城の主という研究環境を目指すなら,学生の間に用意周到に準備して,教授のお気に入りになり,そのまま講座を引き継ぐまでに力を揮うか,
博士として世に出た後,サイコロで連続して6を出そうとする試みを続けねばならない.
まったく苦労せずに,という人もいますけどね…そんな期待をして人生を投じることなど博打と同じです.
「危ういバランスの場所」に行くことを,大半の人は,嫌う.
そこまでしなくても良いんじゃないか?とか,周囲に迷惑かかるな,とか,理性が働く.
つまり「理性で歯止めが利かない」というネジが外れた人が,大学教員に多いのは,当たり前の話かもしれません.
しかしここで踏ん張らねばならない,ということが,「リスクから逃げてきた人生」でも,次から次へとやってくる.
理性を働かせて妥協しても同じことです.
サイコロを投げに行くか,行かないか.これは二択です.
さらにサイコロを投げて,6を出して行く.これを続けます.
自分の状況に適した場所に,どこへでも移動する覚悟があるなら,
成果を出す出さないの前に,覚悟があるかどうかの差異になりそうです.
・自分にとって厳しい選択をする場面まで進む
・サイコロを投げる
・特定の数字を出し続ける
これで,研究者として,大きな成果につながるのかもしれないし,諦めざるを得ないのかもしれない.
サイコロを投げに行くかは,個人の判断になるだけです.
投げに行かなければ,門前払いになる,ということは,当たり前.