Pdナノクリスタル集合体によるアルキンのギ酸還元

 

“Semireduction of Alkynes Using Formic Acid with Reusable Pd-Catalysts”

Iwasaki, R.; Tanaka, E.; Ichihashi, T.; Idemoto, Y.; Endo, K.*

J. Org. Chem. 2018, 83, 13574–13579.


久々の論文です.今回は久々すぎて,論文作成そのものに手を焼いた.

ギ酸を用いるアルキンのアルケンへの選択的還元にて回収再利用可能なPd触媒を独自に開発しました,という内容.

この論文の基本は3〜4年前に立ち上がっていましたが,紆余曲折を経て,ようやく公開ということになりました.

Keywordは…
1.Pdナノクリスタル集合体
2.ギ酸
3.カリウム

このあたりでしょうか.順を追って解説.

1. Pdのナノクリスタル集合体
この調製も紆余曲折ありましたが細かいところは割愛.

ナノクリスタルってなんですか?
ということですが…基本的には,ナノスケールの単結晶と考えて良いかとは思います.作成した触媒をTEMで観察したときfcc結晶であるということが判明しました.
我々はTEMの専門家ではないので,このあたり詳細は,丸投げです.
おおよそ5から10 nm程度のナノクリスタルが凝集して,ユニットあたり50 nm〜(かなり巨大なものあるはず)の集合体が得られているという結論です.
まだ解析しきれていない謎ポイントも残されていますが,それが一体何かも,今ひとつわからず.わりと重要なポイントかもしれないので,今後,関連研究を進める予定.

我々は,とにかく,金属をナノレベルで集合させ,そこから新規機能につなげようという試みに取り組んできています.つまり,ここで得られたPdナノクリスタル集合体は,その研究の過程で生じたものです.
ありていにいえば横道です.

とはいえ,難しいですね,ナノレベルを単体で存在させることは.勝手に凝集してしまいます.
凝集させない工夫をしている論文も多い.
なぜかというと,小さいほど活性が高い傾向にあるからです.
ところが,我々が調製したものは,50 nm以上に凝集している.これだけ巨大なものは珍しいかもしれない最近では.

我々が調製したものは,1つのユニットが5~10 nmくらいですが,過去には,2 nm程度と,かなり小さいPdクラスターが調製されています.その論文では,結晶なのかどうかは,よくわかりませんが.
いや,ナノクリスタルと書かれている論文もありましたね.

2. 還元剤としてギ酸を使用
ギ酸(HCO2H).液体で爆発性や燃焼性も低く,運搬も楽です.研究室で扱うなら水素より,ギ酸のほうが楽かなぁ.
高圧ボンベを置いておくのもね.

HCO2Hを分解すると,H2O + COになるか,H2 + CO2になるか.
還元剤として扱う場合はH2が欲しいわけですが,熱分解でも触媒による分解でも,微量のCOも発生してしまう.

これまでの過去の論文にてギ酸を還元剤として用いている例は多いですが,実際のところ,ギ酸から生じたH2が働いているだけ,というケースが多いです.
今回は,H2経由ではないようです.
ギ酸を追加で1当量,追加しても,アルカンは,ほとんど生成しない.
しかしH2を1当量,追加すると,けっこうアルカンまで還元されてしまう.

Pd + HCO2HからHCO2-Pd-Hを経由して,アルキン挿入によりHCO2-Pd-alkenyl-Hが生じ,脱炭酸でH-Pd-alkenyl-Hとなる.
最後に還元的脱離を経て,PdとH-alkenyl-Hが生じるわけです.
この反応機構は定かではありませんが,Pd錯体を用いる反応では,反応機構が提唱されています.

脱炭酸のステップが,律速段階とか.
要するに,アルキンからアルカンまで還元しようとしても,HCO2-Pd-alkyl-Hから脱炭酸する前に,β-ヒドリド脱離が進行して,元のアルケンに戻る可能性が高いです.
ここが「アルキンからアルケンへの選択的還元」につながっている,かもしれない.

さて,実は,このように,ギ酸を用いて,水素の発生を経由せずに,中間体から脱炭酸を経て還元する例は,そこまで多くないのです.
ギ酸は,還元剤として,散々に用いられているわりに,水素経由または,HCO2-M-Hから脱炭酸が進行し,H-M-Hに変換されてから反応する.
この点を勘違いしている人は多い.

燃焼ガスである水素ではなく,安定な液体であるギ酸が使用可能という,技術的なメリットもあります.
水素と酸素を混合させて,火花でも散ったら,爆発することもありますからね.

3. Kの謎効果
Pdナノクリスタルの調製において,カリウム系の塩基が必須です.
なぜか,まったくわかりません.

過去の論文でも,カリウム系の塩基を用いてPdクラスターを調製している例があります.
ただ,そういった論文では,不思議な事に,塩基のスクリーニング結果が,まったく掲載されていない.

今回,我々は,Pd触媒の調製にて塩基をスクリーニングしましたが,カリウム系の塩基以外は駄目でした.
必要なのは,PdCl2,HCO2H,K2CO3です.
触媒調製に,ギ酸も必須です.

過去に,PdCl2 + HCO2H in 水溶液で,Pdナノクリスタルを調製した報告例がありますが,我々が作成したものとは,まったく違います.
過去の報告例では,調製したナノクリスタルは,小さすぎて,濾過では回収できません.遠心分離のみ.
我々が調製したものは,普通に濾過で回収可能です.

HCO2Hの脱プロトンで,HCO2Kが生じて,これが還元に必須なのでは?という検討もしましたが,HCO2Kを還元剤として用いると,反応は,ほとんど進行しない.

なら水素ではどうか?ということですが,K2CO3とギ酸を用いて調製したPd触媒で,アルキンの水素還元をすると,選択性は劣るけど,反応は進行しました.
PdCl2 + H2 + K2CO3でも触媒は調製可能でしたが,Pdミラーが生じやすく,うまく回収できません.

ということで,最適解は,PdCl2 + HCO2H + K2CO3です…これでPdナノクリスタル集合体が得られます.
なお,調製したPd触媒を用いてギ酸還元する際にも,K2CO3は必要です.なぜか.

Lindlar触媒に類似しているとも言えない.
あちらは炭酸カルシウム担持に酢酸鉛で被毒.H2を用いるアルキン還元では,アルケン選択的に得られる.
でもこのギ酸還元は,Lindlar触媒では,うまく制御できない.アルカンが生成します.

 

今回,新規に調製した触媒は,回収再利用が簡単です.
0.1 mol %くらいでも反応は完結.ただ,0.1 mol %だと,回収が難しい.
volumeの問題でもあるのですが,この触媒,空気にさらしておくと,徐々に失活します.
酸化パラジウムにでもなるのですかね…ここも実は,気になる点の1つです.
ということで,回収再利用するには,それなりのvolumeがないと,空気にやられてしまう.

とにかく簡単なシステムなので,アルキンをアルケンに還元したい場合は,使ってみてください.
Pd/CやLindlar触媒などでは,このギ酸還元は,選択的に進行しません.

さて,この関連研究は,ちょっと模索中です.
変なことが起きている,ということは既にわかってはきていますが.
個人的に気になっている,金属クラスターの特徴を活用した研究も展開する予定.

あと,TEMで明らかになった謎も,いずれ明らかにしたいところです.

まだ検討開始まで時間かかりそうですが,有機化学っぽくないことします.たぶん.
他の方々と同じ事やってても仕方ないので.

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